人間が一度死んだらそれっきりだというのではなく、生まれかわりとか霊魂不滅とかいうことを信じられたら、どんなにいいだろうと私は思う。ほかの人間になってまた生まれかわるとか、たとえ天国の雲の隙間からでも、朽ち傾いたあばら家の窓ガラスごしにでも、あるいは自分が何かの虫けらになって、その虫けらの目玉を通してでも、その他どんなものに変わってもかまわないから、見ていられたらどんなにいいだろう。どんなにひどい条件をつけられてもかまわないから、わたしはその時その場にいて見ていたい。わたしたちが星に行き着くところを、わたしたちが一つまた多くの宇宙を自分のものにするところを。わたしたちが神になる時を。神なんてものの存在を、まだわたしは信じていないし、これからだって、わたしたち自身が神にならない限り、存在するはずがないと信じているけれど。
でも、わたしはすでに過去において間違いをおかしたし、今またわたしが信じていることが間違いであるのかもしれない。どうかそうであってくれ。どうかわたしの考えが間違いであるように。神よ、わたしが間違っているということを、はっきり証明してみせてくれ。
―フレドリック・ブラウン『天の光はすべて星』
2013年2月26日火曜日
2013年2月24日日曜日
2012年8月2日木曜日
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2012年7月25日水曜日
芸術は一台の天秤のようである。一方の皿には、いわゆる自由芸術(モニュメンタル建築、彫刻、絵画、装飾芸術、詩など)が乗り、もう一方の皿には実用性がより強く要求される芸術(都市計画、住宅、技術的発明、実用本位の芸術、ジャーナリズムなど)が乗っている。重心、つまりその時代の真の姿を反映する芸術は、社会的条件がどちら側の見方をしているかによって、一方の端からもう一方の端へと交互に移動しているのだ。ルイ14世の時代には、華麗さと光輝と王位崇拝が第一の社会的必要条件だった。このすべての条件をいかにして満たすかということは、当時盛んに論議された問題であるとともに、仕事に伴う技能を高めたり良質の自由芸術を育てるための、やりがいのある問題だった。他の時代は――今の私たちの時代もそうだが――、社会的条件が専ら実用芸術に仕事をあてがっている。そのため、私たちの時代の不朽の作品や最も特徴的な作品は、日常の実用性との深い関わりの中で生まれるのである。少なくとも実際上の内容に沿って形態(構造)が与えられる多くの仕事においては。
―アルヴァ・アアルト「1927年11月25日付ウーシ・スオミ紙」(ヨーラン・シルツ『白い机』)
―アルヴァ・アアルト「1927年11月25日付ウーシ・スオミ紙」(ヨーラン・シルツ『白い机』)
2012年7月24日火曜日
2012年5月24日木曜日
新しいパラダイムは古いものから生まれるゆえに、普通、古いパラダイムが今まで使ってきたのと同じ用語や装置、概念や操作を多くつかう。しかし、新しいパラダイムが、古いパラダイムから借りてきた要素を全く同じように使うことは稀である。新しいパラダイムの下では、古い用語、概念、実験はお互いに新しい関係を持つことになる。その結果、適切な言葉ではないかもしれないが、二つの対立する学派間の誤解と呼ぶものに、不可避的に至るのである。アインシュタインの一般相対論を、空間は「曲げ」られるものではないといって――本当はそういう種類のものではないが――嘲笑する素人は、単に間違っているとか誤解しているとか言い切れない。また、アインシュタインの理論のユークリッド版を展開しようとした数学者、物理学者、哲学者も間違っていたわけではない。これまで空間という言葉で意味したものは、平板、等質的で等方性で、物質の存在によって影響を受けないものであった。そうでなければ、ニュートンの物理学はうまくゆかなかったであろう。アインシュタインの宇宙に移行するには、空間、時間、物質、力などのようなすべての概念の編成を作り変えて、全自然に再び敷き直さねばならなかった。その変換を経験した人か、または経験しそこなった人だけが、同意する点しない点をはっきりと見届け得るのである。革命の境界を超える通信はどうしても一面的になる。もう一つ例をとって、コペルニクスは地球が動くと宣言したから気狂いだ、と言った人たちのことを考えてみよう。彼らは全く間違っている、とも言い切れない。彼らが「地球」と呼んだ部分は、固定した位置であった。彼らの地球は、少なくとも動かすべからざるものであった。したがって、コペルニクス革命は、ただ地球を動かすことではなかった。それはむしろ物理学や天文学の問題を見る全く新しい見方であって、それからすると「地球」も「運動」も共に意味が変わってしまうのである。このような変革なしには、動く地球の概念は気狂いじみたものである。一方、一度変革がなされ理解されれば、デカルトもホイヘンスも、共に地球の運動は科学にとって無内容な問題であったと気が付いたのである。
このような例は、対立するパラダイムを同一の基準で測れないことのいま一つの最も重要な面を指摘している。私はどうもこれ以上うまく説明できないが、ある意味では対立するパラダイムの主張者は、異なった世界で仕事をしているのだ。
—トーマス・クーン『科学革命の構造』
このような例は、対立するパラダイムを同一の基準で測れないことのいま一つの最も重要な面を指摘している。私はどうもこれ以上うまく説明できないが、ある意味では対立するパラダイムの主張者は、異なった世界で仕事をしているのだ。
—トーマス・クーン『科学革命の構造』
2012年4月14日土曜日
10年ほど前、アーティスト数人が家具としても使える芸術作品を作ったおかげで、家具は芸術作品でありえるかという質問をしばしば受ける。家具は家具であり、それが置かれている状況によって芸術ともなり、同様に建築、陶芸、テキスタイル、その他多くのものが芸術であると言える。私の考えとはほど遠いが、こういった混乱を避けるためにアートギャラリーは家具の展示を回避しようとする。これは、アートギャラリーに展示する事により、家具そのものの価値が高騰してしまう事を防ぐためでもある。私の家具は使い心地がよくないので、機能的でないとたびたび言われる。この質問の裏には、ブルジョアがかったヴィクトリア調家具が提示するものと私の家具が相反する事からきている。私が制作した一連の家具は、私にとっては使い心地がいいものばかりだ。つい居眠りしてしまうような椅子や、そこに居座ってしまうような道具を作るなら、いっそベッドを制作する方が望ましいのだ。食事や執筆作業には、肘掛けのない背もたれがまっすぐな椅子が一番適している。残る人間第三の姿勢は立つ事だけである。
—ドナルド・ジャッド「優れたランプを見つけ出すのは難しい」
—ドナルド・ジャッド「優れたランプを見つけ出すのは難しい」
2012年4月7日土曜日
60年代中頃、ある人からコーヒーテーブルをデザインしてほしいと頼まれた事を、80年代半ばになって書き記し、それはすでにある長方形のテーブルのテブールトップの埋め込まれた部分を直せば事足りると思っていた。しかしこのアイデアから制作したテーブルは醜く、後で廃棄するはめになった。芸術の形や規模は、家具や建築のそれに置き換えたり、当てはめることはできない。芸術の趣旨と、実用性が必須の家具や建築の目的とは異なるからだ。仮に椅子や建物が実用できず芸術としてしか存在できないのなら、それはとんでもないことだ。椅子の真価とは、芸術に類似する必要はなく合理性や便利性、そして椅子として使用できるのかのその尺度にある。芸術の中にある芸術は、他者の意見はさておき、美術家の概念の強い主張にある。芸術作品はそれ自体に存在意義があるが、椅子は椅子として存在する。だが同時に、椅子の概念は椅子自身の中には存在しない。芸術が家具に成り得ないという理由から、この出来事の後数年間そうした試みをしなかったが、常に建築には興味があり、頭に浮かんだアイデアをスッケチすることは継続していた。
—ドナルド・ジャッド「優れたランプを見つけ出すのは難しい」
—ドナルド・ジャッド「優れたランプを見つけ出すのは難しい」
2012年3月16日金曜日
我々は、最も高くつく商品を死と不完全化のイメージで宣伝する社会に生きているが、それはそのイメージを、アルファ波を発生する発癌性物質的なリアリティを歪める装置を通じて、何百人もの爬虫類的な小脳に直接的に照準しているのだ——一方で、生命のある種のイメージ(例えば子どもの自慰等、我々の好むところのもの)は迫害され、途方もなく残忍に罰せられる。いわゆる「アート・サディスト」であることはまったく度胸を必要とするようなことではないが、なぜなら猥褻な死が我々の「コンセンサスのパラダイム」の美学的中枢に存在しているからだ。粉飾が好きで「警察と犠牲者」という劇を演じるのを好む「レフティスト」、残虐な写真を前に手淫する人たち、そしてスプラッター・アートやもったいぶった絶望感、かっこいい残虐性や<他の人々の苦痛>について<考えたり>知的に分析したりするのを好む人たち——彼らのような「アーティストたち」は、権力を持たない警官(多くの「革命家」に対しての完璧な定義でもある)以外の何者でもない。我々はこれらの美学的ファシストに投げつける黒い爆弾を持っている——それは精液と爆竹、嗄れ声の駄馬と海賊行為、奇妙なシーア派の異端者、そして泡立つパラダイスの泉、複雑なリズム、生命の脈動、すべての形なく奇矯なものをまき散らす。
立ち上がれ!呼吸しろ!世界の息遣いを肌で感じろ!その日を掴め!呼吸しろ!呼吸しろ!
—ハキム・ベイ「知性的なS/Mは80年代のファシズムである——アヴァンギャルドは糞を食べるし、それを好む」『T.A.Z.』
立ち上がれ!呼吸しろ!世界の息遣いを肌で感じろ!その日を掴め!呼吸しろ!呼吸しろ!
—ハキム・ベイ「知性的なS/Mは80年代のファシズムである——アヴァンギャルドは糞を食べるし、それを好む」『T.A.Z.』
2012年1月15日日曜日
2011年12月11日日曜日
禍いが君の身体に入った。どこかのマチカナリが、君に禍いを起こしたのさ。君がうっかりしていて、マチカナリの道を通ったからだよ。君の身体は、魂のクシュマにすぎない。蚕の繭のような魂を包み込むマント。君の魂は、君のなかに侵入したい禍いから身を守ろうとしたんだ。魂は一つであることをやめ、たくさんの魂に分かれて、禍いを混乱させようとした。禍いは、できる限り魂を盗んだ。一つ、二つ、そして、いくつも。だが、たくさんかき集めることはできなかったのだろう。なぜなら、そうだったら君は完全に死んでいたはずだ。トエの水で身体を清め、湯気を吸いこんだことは悪くない処置だ。しかし、もっと抜かりのないやり方を本当はすべきだった。頭のてっぺんにアチオテの汁を赤くなるまですり込むのだよ。そうしておけば、禍いは君の魂を持って出ていけなかった。そこが、出口であり、入り口だから。アチオテはその道を塞いでしまうのだ。中に閉じ込められたと思うと、禍いは力を失い、死んでしまう。身体は家と同じなのさ。家に入ってきた悪魔は、魂を盗んでも、もっとも高い天井のてっぺんから逃げ出せないのではないだろうか。天井の先端の木を組むとき、なぜ細心の注意を払うのか。それは、寝ている者の魂がたとえ悪魔に盗まれても、その悪魔を逃さないためだよ。身体も同じことだ。魂を失くしたために、身体から力が抜けるように感じたのだ。しかし、それはもう君のところへ戻ってきた。だから、君はここにいる。カマガリーニが眼を離したすきに、魂たちは、キエンチバコリのもとから逃げ出してきたのだろう。君を捜して、戻ってきたのだろう。君は魂たちの住家じゃないだろうか。
—バルガス=リョサ『密林の語り部』
—バルガス=リョサ『密林の語り部』
2011年11月24日木曜日
川合健二「川合邸(コルゲートハウス)」
KAWAI kenji _"corrugated house" (Toyohashi, JAPAN), 1966
アセテート|『川合健二マニュアル』
http://www.acetate-ed.net/bookdata/008/008.html
ドラム缶の家
http://machizo7.seesaa.net/article/141235667.html
2011年11月23日水曜日
建物とはすべての人達に気に入られなければならない。このことは、誰にも気に入られる必要もない芸術作品と相違する点である。芸術作品とは、それに対する必要性が何らなくとも、つくられ、世に送り出される。ところが建物は必要性を満たすものだ。芸術作品は誰にも責任を追う者はないのが、建物は一人一人に責任を負う。また芸術作品は、人と快適な状態から引き離そうとするが、建物は快適性をつくり出すのが務めである。芸術作品は革新的であり、建物は保守的である。芸術作品は人に新しい道をさし示し、未来を考えさせる。ところが建物は現在を考えるのである。人間は自分を快適にするものなら、なんでも好きだ。そして自分をそうした快適、安全な状態から引き離そうとするもの、邪魔しようとするものなら、なんでも憎む。このようにみてくると、人は建物、家を愛し、芸術を憎むといってもよかろう。
かくして、建築と芸術はなんら関係がないのではあるまいか、そして建築を芸術のいちジャンルに加えることはないのではあるまいか? 事実、その通りなのだ。芸術に加わるのは、ごく一部の建築でしかない。それは墓碑と記念碑だ。目的に従事するその他の建築はすべて、芸術の王国から締め出されねばならない。
—アドルフ・ロース「建築について」
かくして、建築と芸術はなんら関係がないのではあるまいか、そして建築を芸術のいちジャンルに加えることはないのではあるまいか? 事実、その通りなのだ。芸術に加わるのは、ごく一部の建築でしかない。それは墓碑と記念碑だ。目的に従事するその他の建築はすべて、芸術の王国から締め出されねばならない。
—アドルフ・ロース「建築について」
2011年11月19日土曜日
19世紀のブルックハルトによれば、ミケランジェロによるラウレンツィアーナ図書館のエントランス・ホールは最も初期マニエリストの実験を体現するものであり、「明らかに偉大なジョーク」であった。しかし、それ以降の世代にとってジョークは次第とはっきりとしなくなり、しばらくの間、目に入るのは原バロック的16世紀のみであったが、1920年代に現代の攪乱のパターンを不思議にも再現する時期が訪れたのであった。このとき、視覚はあたかも決定的に歪曲を受けたかのようであり、視覚的な曖昧さが求められたので、この歪曲によって現代の作品にも視覚的曖昧さが作り出されたし、それ以前は非の打ちどころのないほどに整合されたと思われていた作品のなかにさえ、曖昧さを発見できるようになったのである。従って、もしある時期ルネサンス運動全体を意味する古典主義が、一点の曖昧さもないものにみえ、また別の時期には、エドワード朝の印象主義者的な目から、すべてのものに彼らの自身のバロックとも言うべき官能性をみてとったとすれば、今日という時代は、自分たちの作品にも、あるいは歴史上のものへの評価にも徴されるマニエリスム的な不安定な激しさに対して異常に敏感であると言えよう。かくて、マニエリスムが歴史家によって区分され、定義されたのが1920年代であり、近代建築に倒錯した空間の効果が最も強くもとめられていたと感じられる時期と合致するのも当然と言えよう。
—コーリン・ロウ「マニエリスムと近代建築」
—コーリン・ロウ「マニエリスムと近代建築」
2011年11月17日木曜日
果して見える。見えるも、見えるも、庭の松の木も見える、杉垣も見える、物干竿も見える、物干し竿に足袋のぶらさげてあるのも見える、其下の枯菊、水仙、小松菜の二葉に霜の置いて居るのも見える、庭に出してある鳥籠も見える、籠の鳥が餌を喰ふのも見える、さうして一寸尻をあげて糞するのも見える、雀が松の木をあちこちするのも見える、鶸が四五羽つれだつて枯木へ来たと思ふと直に又はらはらと飛んでしまふのも見える、鶯が一羽黙つて垣根をあさりながらふいふいと飛びまはるのも見える、裏戸をあけて水汲みに行くのも見える、向ひの屋根も見える、上野の森も見える、凍つたやうな雲も見える、鳶の舞ふて居るのも見える、四角な紙鳶と奴紙鳶と二つ揚つて居るのも見える、四角な紙鳶がめんくらつて屋根の上に落ちたのも見える、それを下から引張るので紙鳶が鬼瓦に掛つてうなづいて居るのも見える。殊に雪の景色は今年つくづくと見た。山吹の枝に雪の積んだのが面白いといふ事も今年知つた。
—正岡子規「新年雑記」
晩年、脊椎カリエスを患った子規は歩くこともままならずその時間の多くを自室で過ごした。自室の窓が障子からガラス窓に取り替えられたこの日、子規の眼は庭を駆け回り、その言葉は新聞の連載となって全国へと届けられた。無論、届けられたのは子規の生き生きとした眼差し、魂の健康さそのものである。
—正岡子規「新年雑記」
晩年、脊椎カリエスを患った子規は歩くこともままならずその時間の多くを自室で過ごした。自室の窓が障子からガラス窓に取り替えられたこの日、子規の眼は庭を駆け回り、その言葉は新聞の連載となって全国へと届けられた。無論、届けられたのは子規の生き生きとした眼差し、魂の健康さそのものである。
2011年11月15日火曜日
スミッソンは才気にあふれる文章家である。その文には、難解な専門用語、豊かな修辞、広汎な参照、周到な議論が満ちている。彼が最も盛んに執筆活動をしていた時期(1966 - 1969)が、彫刻からアースワークへの移行期と一致し、無名の芸術の物体から、世界へ侵入してゆく芸術や記号体系に貫かれた芸術への変化期に重なるということは、私には、暗示的に思える。しかしながら、すでに指摘したように、彼の彫刻は、全体の要約や想像される必然性(幻想的な性質のもの)ではなく、複合性と人口性を実証する傾向がある。このように、彼は、1950年代に始まり1960年にまで続いた還元化や本質化の運動に常に抵抗してきたように思える。
*
中心となる主題は、彼の芸術であり、あるいは少なくとも彼の芸術に内在し、それを導く観念である。彼はヘイドン・プラネタリウムやサイエンス・フィクション、アール・デコやニュージャージーについて書いた。仲間の作歌たちの著述や言語体系としての芸術について、また地質学やメキシコの神話について書いた。彼のデータの特殊性とその複雑多岐な経路を示すために「地層」(1967年)の中の「白亜紀」を引用する。
グロビゲリナ軟泥層と青味がかった泥。クレタ、ラテン語で白亜(白亜時代)。「グロッタ、地質学、ゴシック・リヴァイバル」と称された論文。浅い水の中に幅広く堆積した緑砂。オーストラリアにある高台地。堆積物の標本。白亜の淵で発見された飛べない鳥の化石。知られざる絶滅の原因。伝説上の海蛇。山に対する古典的態度は暗い。
—ローレンス・アロウェイ「ロバート・スミッソン」
サイトとノンサイトは変数相互の関係の集合を構成する。サイトは、地図、写真、類比物(その土地の元の地勢を暗示する箱やトレー)、岩石標本、そして言葉の標題などの形式を通じて作家の提供する情報によって確認される。ノンサイトは、このレファレンスの積み重ねによって、不在のサイトの表示者としてふるまう。スミッソンの抽象彫刻のモデュールが地図に変化するという事態が起こったのである。地図製作術の格子の座標が、モデュール彫刻の観念的幾何学に取って代わった。これは、別の言い方もできる。スミッソンは、ヴィルヘルム・ヴォーリンガーの抽象と感情移入という二元論的体系を拒否しているからである。「幾何学は、非生命的なものの表現として私の心を打つ。純粋抽象の格子や網の目は、自然を一定の秩序に還元する表現や再現でないとすれば、一体なんであろうか」。
*
『サイト/ノンサイト(破壊の線)、バイヨンヌ、ニュージャージー』(1968)は、ニュージャージーの海岸線についてふれたものである。その崩壊してゆく海岸線にきれいな埋め立てが施されつつあった。スミッソンは、このノンサイトのために使用されているコンクリートの破片をいくつか拾い出した。作家の言葉を引けば、そこは正に「芸術の立場から再度明確化されるべき」荒廃した場所であった。ジャージーの低湿地がここにあり、葦が高く生いしげり、その囲い込む空間を曖昧なものにしている。通行料金所が近くにあるが、そこを出ると入り込むの難しい。スミッソンは、建物を「本質的に名のないもの」と見ている。後に訪れた時、スミッソンは、その風景が急激に変化したことを発見する。完全に埋め立てられた海岸線の方まで工場が建てられていた。ニュージャージーで彼が好きな事のひとつは、それが「変化の過程にある風景」であるという事実である。サイトが変化するように、彼のノンサイトは、死んだ都市(あるいは仮説上の大陸)への記憶という性格を次第に帯びるようになる。ノンサイトのレファレンス・システムは、常に自己自身を取り消す可能性を有している。
—ローレンス・アロウェイ「ロバート・スミッソン」
—ローレンス・アロウェイ「ロバート・スミッソン」
2011年11月13日日曜日
物中、体は機体を分ち、性は色性を分つ。機体はすなわち天地、色性はすなわち象質。体なる者は物なり、虚実を以て天地の体を成す。機なる者は物に非ず、動止を以て転持の形を成す。是に於て、天中、能く転じ、持中、能く持す。故に機体は物を含して、而して虚中、能く動き、静中、能く実す。物有れば、則ち性有り、是れ一一の常なり。地性は潤湿の液に溢れ、天性は光明の華に漏る。華液はすなわち象質の謂なり。虚なる者は其の気は清なり。而して濁を地に於て託す。実する者は其の性は潤なり。而して乾を天に於て送る。是に於て、地液は質を為して性なり。天清は象を為して色なり。性は潤湿を反して、燥気水質の天地を成す。色は明暗を反して、影気日象の天地を成す。天地、各々天地を有して、而して万物は此の中に成るなり。象なる者は其の体は虚に属す、虚にして而も虚に非ず、是を以て色なり。質なる者は其の体は虚に属す、実にして而も実に非ず、是を以て性なり。体は天地転持を含し、性は日影水燥を合す。水は性を天の影に於て同じくし、而して地上の燥を以て偶す。日は性を地の燥に於て同じくし、而して天中の影を持って偶す。是に於て、水燥は下に塞がり、日影は上に充つ。
—三浦梅園「機体色性」『天地訓』
—三浦梅園「機体色性」『天地訓』
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