しかしながら、この『文化の頑迷』が意味するもっとも危険な知的錯誤の様態とはそれではなく、自分自身への引きこもりとしての文化を、人間が生活にたいして付加する優美さ、または宝石のようにかんがえ、ひいてはあたかも文化や思考を欠いた生活がありえるかのように(あたかも、自分自身への引きこもりなしに生きることができるかのように)、かりそめにもその人の生活の外部にある何かとして提示することにある。人間は、言わば宝石店のウィンドウの前に釘付けにされて、文化を取得するのか、それなしにやっていくのかの選択を迫られる。そして、私たちは現に生き抜いてきた長い年月をつうじて、こうしたジレンマに直面してきたが、今やためらうことなく二つ目の選択肢を極限まで踏査することを決心し、すべての抽象化から逃れる術を探し求めて、全面的な改変にまで身をまかせることは明らかである。
— オルテガ・イ・ガセット
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